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【書評】『時の娘』 [読書]

『時の娘』
ジャック・フィニィ ロバート・F・ヤング他
[創元SF文庫]

 時間という、越えることのできない絶対的な壁。これに挑むことを夢見てタイム・トラヴェルというアイデアが生まれて一世紀以上が過ぎた。この時間SFというジャンルは、ことのほかロマンスと相性がよく、傑作秀作が数多く生みだされている。本集には、このジャンルの定番作家ともいえるフィニィ、ヤングの心温まる恋の物語から、作品の仕掛け自体に技巧を凝らしたナイト、グリーン・ジュニアの傑作まで、名手たちによる9編を厳選し収録した。本邦初訳3編を含む。
――――――――――――文庫巻頭より、引用。


▼東京創元社のグッジョブ!なロマンティック時間SF海外作品アンソロジー『時の娘』読了。
 2009年刊の文庫で、ちょびちょび読み進めてはいたのだが間が空いてしまって積読。
だいぶ乗り遅れ感はあるが、また最初から通読したので書評を書くよ。
どの作品も実に濃密でありユニークであり「読書」を愉しめた。
収録順に簡単な感想です。

●「チャリティからのメッセージ
作:ウィリアム・M・リー
 謎の発熱病から、1965年の少年と1700年の少女の意識と一部の感覚が混じり合ってしまい、265年の時を越えて交流を図る物語。
それぞれの時代の違いに戸惑う2人も面白いが、後半の法廷闘争に移るストーリーは少女の身がピンチ!な演出もあってわくわくさせるものがある。決して会うことの叶わぬ2人の心の触れ合いが美しい。

●「むかしをいまに
作:デーモン・ナイト
 最初の2ページを読んでもどういう状況なのかさっぱり理解不能な導入部分。明らかに文法もおかしい。どういうことよ?!と読み返してやっと気付く。
この物語はタイトルの通り主人公が死亡した瞬間から始まり少年時代まで遡る、時間の逆転した世界の物語。つまり、死亡=生誕ということになる。これを理解できると奇妙な文章の内容を解釈しながら何が起こっているのかを次々と把握できるようになる構成だった。なんという前衛小説!
 一人の男性の半生を追い、なんとも不思議な追体験をさせてくれる傑作。

●「台詞指導
作:ジャック・フィニィ
 映画撮影用に調達した19世紀のクラシックなバス。一部のスタッフと俳優がちょっとしたイタズラ心で深夜に19世紀の衣装を身にまとって市街にバスを走らせる。するとどうやら本当にその時代に入り込んで……。
 ネタは小振りなんだけど、登場人物の心理の動きを読者に予想させつつコロンと裏切るテクニックが憎い(笑)
古典的ながら非常に秀逸な構成力に脱帽です。

●「かえりみれば
作:ウィルマー・H・シラス
 日本でも特撮映画になった「アトムの子ら」の原作者の短編。
ミセス・トッキンというおば様の奇妙な冒険を描いたシリーズらしい。
このお話ではトッキンさんが知り合いの怪しい教授(笑)のお薬を飲んでピチピチの16歳だった青春時代に舞い戻った体験を茶飲み友達に語るという構成。
 誰しも記憶を保持したままもう一度青春時代から人生をやり直したいという欲望は持っているものですが、トッキンさんがそんな戯れ言をポロリと言ったら教授が「なんとかできるかも知れません」とか言って用意してくれたお薬を飲んだからさあたいへん。目が覚めるとハイスクール時代の自分に若返っている! 死んだはずのおじいちゃんおばあちゃんとの再会を経て、浮かれつつ戸惑いまくるトッキンさんには学校地獄が待っていた。物理や語学の勉強をまたやり直す苦痛を味わったり初恋の大学生に頬を染めたり、なかなかのエンターテインメントっぷり。個人的に、アメリカの学生の授業や日常生活が垣間見られる描写がたいへん興味深い。
このシリーズ、是非ほかを読んでみたいものです。良作。

●「時のいたみ
作:バート・K・ファイラー
 この作品も前衛的で前半はなかなか状況を理解できなかったが、読み進めるうちにタイムトラヴェルを実行した主人公の想いやその結末に納得できる。
短めな話で内容に踏み込むと即ネタバレなので書かないが、ロマンティックながらハードな現実を登場人物に背負わせるストーリーの硬質さに惚れる。

●「時が新しかったころ
作:ロバート・F・ヤング
 これぞペーパーバック娯楽小説の極み!という傑作ですね。
舞台は恐竜の闊歩する太古の地球。調査のために恐竜型調査ロボットに乗り込む主人公の前に幼く可愛らしい人間の姉弟が! 2人を狙う謎の武力組織が執拗に迫る! 奴らの正体とその企みとは。果たして!……という、お約束の冒険活劇。
すごいわ、ロバート・F・ヤング。間違いなく、読んで幸せな気分に浸れる。
読者の求めるモノをわかってやがるぜ!

●「時の娘
作:チャールズ・L・ハーネス
 かなりコアでハードなタイムパラドックスをネタにした逸品。
愛情を感じられない母親に育てられる少女は定められたかのように男に恋をし、時空を越える事になる。過去と未来が交錯してもう読み終わっても何がどうなっているのかちゃんと理解できない異様さを体験できます。いや、ほんと、どうなってんだ。アレとアレが本人で娘はいったい誰になるの? ん? え? いや、わかったようでわかってない。モヤモヤするけど、なんだか凄い作品です。

●「出会いのとき巡りきて
作:C・L・ムーア
 キター!
伝説の美少女(という事になっている)女流SF作家キャサリン・ルシール・ムーアの作品。
気になってはいたんだけど、C・L・ムーア作品が書かれた年代が古すぎて手を出さずにいたんだけど、その不明を恥じます。好みです。大好きです。
ぬおおおお、70年以上も昔にこういった作品が書かれるアメリカという土壌! すげえ!
 話の筋は単純で、世界各地の修羅場をくぐり抜けた屈強の若者が時間旅行装置を発明した学者の実験台に名乗り出て、様々な時空をさまよい、行く先々に現れる共通の雰囲気を持つ謎の美女との符号に苦悩し、時に美女を救うために戦う遠大な時間の旅路。
 太古の世界の雰囲気いいね。
ロバート・E・ハワードの「コナン」のヒューペルボリア(ハイパーボリア)とかにも合致する、当時のトレンドの世界観があったのかも知れないけど、クトゥルー神話小説にも通じるそこはかとない宇宙的スケールの正体のわからない存在との「異質の愛」みたいな、なんかそういうの。憧れるわー。こういうの書いてみたいわー。

●「インキーに詫びる
作:R・M・グリーン・ジュニア
 前半の描写がひどく前衛的で、統合失調症の男の一人語りかよ!というツッコミを入れたいほど難解な文章が続くのだが、それらはすべて後半への伏線であり、黙って読み進めると、ぶちまけたジグソーパズルが噛み合っていくような快感を後半は得る事になる。
精神世界と物理世界の時間軸がいつしか複雑に混じり合い、初老の男性の幼少期のトラウマが並列したエピソードとして流れ、同時に別時代の男性がそれを傍観して時に干渉する。
 これは癒しの物語ですね。
贖罪と誤解を解くための時空を越えた旅。
時間を一本の直線ではなく、曲がりくねって時に混じり合うものと捉えた時に、この作品の本質を理解できます。
読了後、ほんわかした気分になれること請け合い。
 作者は覆面作家だという。
うーむ、いったい誰なんだ。気になるっ。
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