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『時砂の王』 [読書]

『時砂の王』ハヤカワ文庫JA
著者:小川一水

 西暦248年、不気味な物の怪に襲われた耶馬台国の女王・卑弥呼を救った“使いの王”は、彼女の想像を絶する物語を語る。2300年後の未来において、謎の増殖型戦闘機械群により地球は壊滅、さらに人類の完全殲滅を狙う機械群を追って彼ら人型人工知性体たちは絶望的な時間遡行戦を開始した。  そして3世紀の耶馬台国こそが、全人類の存亡を懸けた最終防衛線であると——。  期待の作家が満を持して挑む、初の時間SF長編。

(文庫裏表紙のあらすじより引用)



▼小川一水『時砂の王』読了。
 短編集『フリーランチの時代』の最後に収録された書き下ろし作品「アルワラの潮の音」が『時砂の王』のスピンオフ(派生ストーリー)ということで、買うつもりはなかったけど、興味が涌いたので買って読んでみた。
結論からいいますと、買って良かったです。
おもしろい!
OVAでも見てるかのようなノリでサクサク読めました。

 ヤツらがどうして、いつから人類を滅ぼそうとしていたのかはわからない。
人類が気付いた時には金星を侵食して太陽光を遮る巨大なパネルを作り、人類から重要なエネルギー源を奪い去った。慌てた人類は金星に大規模な武装軍隊を送り込むものの、それは陽動だった。
 主要な武力が出払った隙をついてヤツらは地球を侵略開始した。
3年とたたずに地球上の知的生命体は絶滅。
人類は後退を繰り返した結果、人口を実に最盛期の3割以下にまで減らして海王星圏内で再起を図る。
 当初はエクストラ・テレストリアルと呼ばれていたヤツらはその本質が判明するにつれ、エネミー・オブ・テラ、ジ・イビルシングなどと呼び換えられた。通称、ET。
 海王星の衛星都市トリトンで86万9981番目の知性体(メッセンジャー)として「オーヴィル」は目覚める。
ただの人造生命体ではなく、人間として迎えられるメッセンジャーたちは、覚醒から出撃までの半年に満たない期間にトリトンの様々な人々と出会い、生活を知り、学び、「想い出」を作る。
そうした想い出こそが、二度と出生の地へ還る事ができないメッセンジャーたちの心の糧となるという考えからだった。
 オーヴィルは人類反撃の要となる大規模な時間遡行作戦出撃を4ヶ月後に控えた時期にサヤカという個性的な人間の女性と出会う。忘れ得ぬサヤカとの日々を、オーヴィルは己の支えとする。
以後、繰り返される400回を超える時間遡行と熾烈な戦闘の記憶を越えて……。


 オーヴィル最後の戦場となる447回目の時代、耶馬台国(誤字ではなく、オーヴィルの元居た時間枝から派生した世界だから字が変わっているという設定だと思われる)で、その地の権力者=卑弥呼に語る昔話と最終決戦の地となる西暦248年の戦いが入れ替わりで進むストーリー構成となっている。
 日本黎明期好きにはなかなかこたえられない設定なんだけど、登場人物や地名なども現実(原幹)の歴史とは微妙に違っているので、作者が好き勝手にできる美味しい構成ですね。
 いわゆる、パラレルワールドものなのですが時間SFとしては割りと大雑把な部類の作品ですので、あまり論理的な難しさはなく、むしろ登場人物の熱い想いとか信念みたいなものがテーマとして重要視されています。つまり、勢いに任せて読める、良質のエンターテインメント! 没頭して夢中になって読めます。
 ここで軽く、パラレルワールドというものについての講釈を私なりにしてみたいと思います。

 えー、パラレルワールドと聞くと「歴史考証などを無視してストーリーを勧められる都合の良い便利なガジェット」……と、そう思われる方も多いと思います。
 事実、現実世界とファンタジー的な世界を絡めた作品ではよく採用されているようです。
実際の物と違う!という厳しい意見への「逃げ」として「だってパラレルワールドだもん♪」という作者の言い訳はよく耳にします。
便利な故に、安易に使われる傾向にあるのは確かでしょう。
便利すぎるので、辻褄が合わなくなったら「……パラレルワールドだから仕方がねえ!」を合い言葉にしたくなるのは作者の心理としてわかります。
しかし、SF小説で使われるからにはしっかりした概念や定義が必要だと私は思います。

 まずはパラレルワールドというものを知っておきましょう。
現在、量子論の方面で有力な2つの考え方を紹介します。

1:コペンハーゲン解釈
2:エヴェレットの多世界解釈

 1の「コペンハーゲン解釈」は、一見、数学のテーマみたいで難しそうな響きですね。
まあ、そんなに構える必要はなくて、世界は干渉者によって分岐するものの、やがて自浄作用などでもっとも可能性の高い1本に時間の流れが収束する……という現在もっとも一般的とされる考え方。
この解釈に沿った有名な映画に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」があります。
主人公マーティが何かやるごとに元居た時代に影響(マーティが持っている家族写真でそれが表現される)が出て、仕舞いには自分の存在が消えかけるピンチに陥るというのが第1作目ですね。一般人にも解り易くSF映画を作るスピルバーグの才能に怖れおののいたものです。

 2の「多世界解釈」は、かなりカオスです。
原幹となる時間の流れにちょっとでも干渉しようものなら、そこから新しい時間枝の流れが産まれて違う次元の歴史が始まってしまう。
 「バタフライ効果」というものがあります。
南半球に居るちっぽけな蝶の羽ばたきが波及的に周囲へ影響をおよぼし、ついには北半球を襲う嵐が生まれるまでになる……というものです。
山で小石を蹴落したりすると周囲の砂利を巻き込んで、次第に大きな石が落ち、ついには大岩が麓に落下するという登山の注意事項にも似ています。これは実際に危険な行為です。
 そんなわけで、誰かが過去に干渉した数だけ違う歴史=パラレルワールドが産まれるのが「多世界解釈」です。
 マイクル・ムアコックの《エターナル・チャンピオン》シリーズには「多元宇宙」=マルチバースという設定がありまして、違う次元に様々な世界が産まれ、それらを管理したり荒らしたりする上位存在(神)が存在し、人間はその次元の奔流に揉まれながら生きているに過ぎない哀れな生き物。数多の戦乱をコントロールするために限定的に神に選ばれたのがヒーロー=エターナル・チャンピオンという設定です。
たまに《百万天球の合》というヒーローが一同に会し得るイベント的設定もあったりしてファンは大喜び。
いぃやっほう!
 脱線しました。
ともかく、「増えるだけ増えちゃうよ?」というのが「多世界解釈」です。
色々な作家の作品中の解釈や設定に起用する度合いが違ったりするのを比較するのも面白いかもしれません。
毎作監督が変わる映画「ターミネーター」シリーズとかは絶好の比較素材。
もっと詳しく知りたい方は、Wikiなどで調べてみてください。
Googleで検索すれば一番上にくるはずです。


 『時砂の王』では基本的に「多世界解釈」に則っているようですが、一部で「コペンハーゲン解釈」も採用している感じです。
時間枝はどんどん増えるけど、同一の時間枝の中では厳格なタイムパラドックスが適用されるようです。
美味しいところ取りと言えます。
 ETが殺した人類の中に、その時間枝の未来から送られたメッセンジャーを産み出すために歴史上必要な人物がいると、さっきまで一緒に戦っていた友軍がゲソッと消えてしまったりします。恐ろしい!
タイムパラドックスを考え出すともう、ややこしくて仕方がないですね。
もちろん、それが時間SFの醍醐味なのですが。

 人類の採用した種の存続のための作戦としては、原幹の時間枝からどんなにかけ離れようとも、1本でもETを退けて勝つ時間枝があれば勝利!というものです。
 熱い考え方をするメッセンジャーに対し、冷徹に論理と効率を重んじるサポートコンピューター「カッティ・サーク」は「ETに殲滅される可能性の高い時間枝を救おうとしてもリソースの無駄。そこはすべて放棄して人類発祥の時代まで一気に遡って、その1本だけの時間軸を守りましょう」と提案するわけです。
 オーヴィルと一部のメッセンジャーはそれに反対して、自分たちの力の及ぶ限り、少しでも多くの時間枝の人類の未来を救うため、気の遠くなるような時間、その身を絶望的な戦いに投じます。
かくて繰り返される400を越える戦いの記憶。
時に愛があったろう。
時に歓喜があったろう。
それらもすべて捨てて次の時代へと移る切なさ!
熱い!
熱いよ、オーヴィル!
彼らオーヴィルとどんどん戦死していく仲間たちの行く先の多くは悲劇。
撤退を余儀なくされて滅びる人類を見捨てざるをえないオーヴィルたち。
果てしない戦いを、普通の人間だったら耐える事ができるのであろうか。
 本編で語られる物語は5つほどの世界のエピソードなのですが、妄想を掻き立てられますね。
「歴史上のこれこれの時代にETが出現したらどうなる? 何を素材にどういう形態で侵略を開始するんだろう。歴史上の偉人とメッセンジャーがどう関わってくるのか……」
 妄想が止まりませんね。
いくらでも広げる余地があり、長い話も短い話も対応できそうです。
いい世界設定を考えついたもんだ。
すばらしい!
唯一の不満点というか疑問点は、肝心の時間遡行技術がどういうものなのかの解説がすっぱりスルーされているところかな(笑)
多少はハッタリでいいから詳しく解説して欲しかったけど、それはこの物語の本質じゃないのでOKです。
 個人的に、1943年のストーリーが趣味に走っていて笑えました。
第二次大戦で戦いあったはずのヨーロッパの軍隊がETを倒すために連合するなんて!
そして、さりげなくドイツの撃墜王エーリッヒ・ハルトマンが登場したり!
黒いチューリップですよ!
ソ連空軍が言うところの黒い悪魔ですよ!
あうあう。
 そしてメッサーシュミットやムスタングなどが同じ空港で出撃を待つシーンなんて……夢のような設定です。
満身創痍で救援に来たのに現地の人間(政治家)の私利私欲に振り回されるメッセンジャーたちとかもう、人間の業というものがよく表されています。

 それほど厚い本ではないのに充分な読み応え。
壮大で物悲しさの残るストーリー。
交差する人々の想い。優しさ。
あらゆる要素をうまいことブチ込んだ良作です。
読まなきゃ損!


※『時砂の王』エンディング曲はこれを希望!
「藤澤ノリマサ ダッタン人の踊り」
http://www.youtube.com/watch?v=79N_s9zntYM

 書評と全然関係ないけど、歌うまいよね、藤澤さン!
CD買うよ!
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