SSブログ

『フリーランチの時代』 [読書]

『フリーランチの時代』ハヤカワ文庫JA
著者:小川一水

「私は人類をたいらげたい」—— 火星やまと基地の隊員4名が体験した、あまりにもあっけないファーストコンタクトを描く表題作、太陽系開拓時代に孤独な宇宙船を駆るニートの日常「Slowlife in Starship」、いつのまにか不老不死を獲得してしまった人類の戸惑い「千歳の坂も」、そして傑作長編『時砂の王』に秘められた熾烈な戦いを描くスピンオフまで、心優しき人間たちのさまざまな“幼年期の終わり”を描く全5篇収録。

(文庫裏表紙のあらすじより引用)



▼小川一水『フリーランチの時代』読了。
 同作者の前の短編集『老ヴォールの惑星』が気に入ったので、次に出る短編集も期待していました。
ちょっと初々しい感じの作品が多かった『老ヴォールの惑星』と比べると、『フリーランチの時代』は熟成された作家性の高い作品集という印象ですね。どの作品も、見事にSFしていてよかったです。
傾向としてはグレッグ・イーガン的な、自己同一性をテーマに含んだ作品が目立ったような。
 では、順に感想を書いていきます。
あんまり内容に踏み込むとたちまちネタバレしてしまうのがツライところです。
なるべくネタバレしないように書きますが、興味ある人は買って読んでから以下をご覧下さい。



●「フリーランチの時代」
 この話は確かに、背表紙あらすじで言及するところの“幼年期の終わり”ですね。
 アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』は、宇宙進出成功をきっかけに人類へ接触してきた上位存在オーバーロードたちに、宇宙全域へと飛び立つ進化を促される人類の話。
地球は人類の揺りかごに過ぎず、人類がさらなる高みへ行くヴィジョンは、何千年何億年後の人類はどうなっているんだろう?と、想像を掻き立てられます。
 しかし、現実を振り返れば人類はまだ大地を這いずる不自由でひ弱な生き物に過ぎない訳です。
せいぜい寿命を+50年くらい伸ばして火星あたりまで行くのが関の山かもー……んで、ゆっくり人口も技術も衰退して人類なんてせいぜいあと1万年もしたら種として滅びて消えてなくなってしまうんだー的な絶望感しか涌いてこないわけです。
 イカンよ、イカン。
もっと希望的観測で有望な未来を想像しないとイカン。
そういう点で「フリーランチの時代」は夢のある話だ。
ノリは軽くてちょっとハードSF風のコメディ味。
お色気シーンもあるよ!
男性2名、女性2名の日本チームが火星でナノマシン的なペースト状知的存在(火星人)とファーストコンタクト。
スタニスワフ・レムの『ソラリスの陽のもとに』か!
それはリスペクトというかオマージュと捉えて、女性2名(20代後半)のサービスシーンが最高。
それでも理性を保ち切るタケさんにはガッカリだ。
これは嬉しい不意打ちですよ、山岡さん!とはいかないのである。
読めばわかる。
当然のようにエロい展開にはならない。
そう、これは硬派なSF小説。
 ちょっと展開が強引ですが、こんな便利な宇宙人(?)居たらいいよね~……という話。
私はどうかなー、やっぱり「生きる」を選択するかなー。
選択する事によって、それ以前の「自分」は死んでしまうのか?
新たな「自分」は以前と同じ人間と言えるのか?
微妙なアイデンティティの問題もさりげなく入っていますね。


●「Live me Me」
 脳死の定義と変遷する人間の定義。
それを受け入れて行く社会を、前例となるべき宿命を背負った女性の再生と恋愛を通して描かれる意欲作。

 卒業間近の女子大生の「私」は交差点を無理に曲がろうとしたトラックから落ちた鉄骨に脳幹を傷つけられる事故に遭い、限りなく脳死に近い状態になる。通常なら脳死と判定されるところだったが、HIPET=ハイパー・ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(ハイペット・高精度陽電子放射撮像機)という超微細な脳波を詳細に読み取る事が可能な最新設備を備える病院の前での事故だったため、そこへ収容されて機械に掛けられる。医療チームとのコミュニケーション手段が模索され、次第に高度な情報交換と意思伝達が可能になり、「私」は温かい死体と化した自分の肉体を離れ、機械の体で自律移動が可能になる。
しかし、「私」が社会で生きるためには様々な問題が……。

 人間のアイデンティティーの問題が、自分だけでなく親族や社会にとってどうあるかをシミュレートした多要素な作品ですねえ。
臓器移植法なども可決されている今の日本を鑑みれば、なかなか時事的な話題性も盛り込んだ作品。
架空の義体や医療技術などで様々な造語が出てきてSFしてます。いい感じ。
HIPETに陽電子という文字が入っているのはアイザック・アジモフ《陽電子シリーズ》へのオマージュですね。SFファンへの遊び心も感じられます。
 「私」の社会復帰のためのリハビリとしてオンラインゲームを使用する設定が今風ですね。
時代的には現代よりやや科学技術の進んだ程度の未来のよう。
微弱ながら脳波のある全身不随患者に行動の自由を与える事は技術的には可能。
しかし、人間の肉体=本体を離れ、機械の中に意識を移して行動する存在を法律的に人間と呼んでいいのか。
社会のパラダイムはそう簡単に切り替える事はできないので、「私」を前例として法律を改正させようとする「団体」と、利用されると知りつつ人類の新しい形態と可能性に貢献しようと決心する「私」の想い。
ドキュメンタリータッチで読めて非常に面白いです。
海外作家なら、この設定とアイディアを拡張して一生食っていけるようなシリーズに仕立てるとこですね(笑)
 無難な幸せエンドでもよかったような気がしますが、シビアな現実があってこそ、この作品はSFとして光るという事でしょう。
最後はグレッグ・イーガンがテーマにしそうな展開になって「おっ、そこでそんな衝撃的な事実を主人公に突きつけて終わらせますかw」と唸りました。
「私」の決心に拍手を贈りたいですね。
 この作品集で一番読み応えがありました。
お気に入り。


●「Slowlife in Starship」
 太陽系に人類が進出した未来の開拓時代。
操船技術などの腕に憶えのある対人恐怖症の若者たちは孤独な宇宙船乗りの道を選んだ。
「僕」もその一人。
そばに生きた人間、特に女性が居る事など絶対に耐えられない。
小型宇宙船で気ままに無理の無い仕事をこなしつつ、大陽系を巡る生活に満足していたが……。

 太陽光を利用する簡単なシステムがあれば人類はどこにでも住居可能になった世界が舞台。
人類は月面に本拠を置く組織「スピノール」と、火星~木星間にある小惑星帯に住む人々「ベルター」に社会構成が大きく分かれていた。
 特に2つの社会が衝突するわけでも戦争が起こるわけでもなく比較的平和に時が流れ、主人公は相棒のマネキンっぽいハウスキーパーコンピュータをナビ代わりに小型貨物船で「なんでも屋」を営んでいる。
 通信で依頼された仕事を受けてこなし、2、3週間は移動に費やす。
そんな長スパンとは言え、主人公はちゃんとそういった社会に貢献する仕事をしてるわけなので、あらすじにあるようなニートという訳ではないんだろうけど、その生態はまさに引きこもりそのもの(笑)
事務的な通信でも人としゃべるのが苦痛だという主人公。
極端な個人主義に陥りがちな現代人の風刺というか、究極まで設定を突き詰める思弁的なSFの醍醐味が感じられます。

 この前の「Live me Me」と違って、至って軽いノリなので安心して読めます。
ちょっと前に打ち上げ成功した探査機ハヤブサの部品が作品の中で古代地球の貴重な遺物扱いになってて、時事ネタも投入されている。いいね、こういうの!
 操船サポートもこなす、話し相手になってくれるハウスキーパーコンピュータは、ちょっと欲しいかも。
美少女パーツに換装する外観仕様もあるらしいですよ?
でも主人公はそれすら嫌で、のっぺり顔の小型マネキンみたいなパートナーを連れているのですが。
 派手な展開もそれほど緊迫したシーンもなく淡々と進むのですが、なんとも居心地の良さを感じる作品です。
この主人公に感情移入してしまっているのか、私は。
独り暮らしだとねー、こういう主人公の心の病理もなんとなく理解できるようになってしまいます。
孤独であっても、食うに困らない程度に稼いで、特に悩みのない生活がこの先ずっと送れればOK!という、ある意味理想的な人生。
でも主人公はある事件が切っ掛けで、自分を変えようとするわけですが。
平和な日本社会に生きる無気力な若者への問題提起とも受け取れます。佳作。


●「千歳の坂も」
 至極淡々と哲学的に文章が進み、物語としての盛り上がりには欠けるものの内包するテーマはとても重い。

 1980年代に「80年代の幼年期の終わり」と評された『ブラッドミュージック』でとんでもない人類の災難=進化のストーリーを展開して注目された、私が大好きなSF作家、グレッグ・ベアはある時こう言った。
「50年後の未来に、人類が今と同じ姿であると思うなんてバカげている」
 変化というのは、起こる時は突然起こるものなのである。
 この短編では、人類が医療技術の進歩で実質的に不老不死になり、少子高齢化が地球全体の問題となった未来が舞台。
国民人口の減少、つまり人間が死んで人口が減ると国家として成り立たなくなると懸案した各国は、次々と法律を整備しなおし、日本もそれにならって延命手術を受けずにいる人間は、それ自体が犯罪となった。
もちろん、手術を受けずに死ぬ事を選ぶのも可能だ。
しかし、生きている内に高い税金を色々と掛けられる事になる。

 主人公は体制側のいち公務員。
対するヒロインは反抗的なおばあちゃん。
 おばあちゃんのヒッピーばりの理由なき反抗もカッコイイが、公務員の執念深さに笑った。
楳図かずおの漫画『イアラ』を思い出した私です。
ある疑問を持ち、妄執に駆られるまま1000年以上に渡って、おそらく解る事はないであろう答えなどないであろう「意味」を求め、気合いで生き続ける主人公の姿が似ています。
 そう、そんな2人の追いかけっこは最初の出会いから1000年以上にも及び、最後にはもうそれが人間と呼べるのか首を傾げるような人類の姿になって銀河に分散していく人々のヴィジョンが展開される。いいね、わかってるね。
 最初はよくある現代風の近未来日本が舞台だったのに、1000年経つ間のダイジェストで人類の描写と世界がどんどんワンダーになっていく感じがSF。
出来る事なら私も、脳ミソ丸出し多脚ロボみたいな姿になっても1000年以上生きてみたいぞ。
 ひょっとしたら、近い将来に人間の長寿化、もしくは不老不死というのは本当に可能かも知れないので、その時に世界がどんな体制になるのか。どんな法律が作られるのか。
実際に永遠を生きる人間たちは何を思うのか。どんな行動をとるのか。
興味が尽きない部分ですね。


●「アルワラの潮の音」
 太古の地球。
南洋諸島の海洋民族はいくつかの部族に分かれていたが、勇猛なアルワラ族の武力によって統一され、平穏に見えた。しかしその静寂はホンアプレ族の宣戦予告のない急襲で破られた。卑怯な不意打ちによって失った仲間の仇と粛正のために戦の準備を進める戦士たち。
 細い体のために「戦士」の試験を越えられないでいた少年ク・プッサは、力こそ無いものの船乗りとしては戦士たちに一目置かれる腕前だった。しかし、力の支配するこの世界では格下の存在で謂れの無い苛めを受ける毎日だった。
だが最も強いと評判の戦士カカプアは、ク・プッサの腕を買っており、彼は説得されてカカプアの船に乗る事になる。
 意気揚々とホンアプレの島へ向かい、包囲するアルワラの船団。
いざ戦乱の火蓋が切られたかに見えたその瞬間、地球にはあり得ない、謎の怪物たちに襲われてたちまち壊滅状態になる。
必死に沖へ逃れたク・プッサとわずかな生き残りは、巨大な体躯を持つ男たちによって救われる。
彼らは自身をメッセンジャーと呼んだ。

 少し前に刊行された『時砂の王』のスピンオフ作品。本編の書評は近日に書きます。

 時間遡行して人類を殲滅しようとする謎の異星生命体たち=ET(Enemy of TERA)
その目論みを砕くべく26世紀の科学が産み出した人造人間たち=メッセンジャー。
高度な知能と情報処理能力、そして戦闘能力を与えられた彼らは、時間を遡って人類を襲うETよりも先回りして根を絶ち、勝たなければならない。
気の遠くなるような時間の中を彷徨い、正体不明の敵と戦い続けなければならない宿命を帯びた戦士たち。
それは絶望的で先の見えない戦いであり、その多くは悲劇だった。
彼らが救えずに撤退した時間枝の地球は、ETによって滅ぼされ、人類は消滅する。
 ETはいつどこに発生しだすかは分からない。
ETは何故か海が苦手で越える事ができないため、南洋の孤島に発生するなど考えられない事態だ。
レア中のレアケースだが、ここに生きる人々を生かすため、人類の未来のためにメッセンジャーは活動を開始する……という流れなわけですね。
 本編の主人公はメッセンジャー・O(オー)こと、オーヴィルで、この短編でも登場はするのですが、主に前面に出て来るのは本編で仲間を和ませる童話を書き続けていたアレクサンドル。
『時砂の王』の中でもアルワラの巨石都市の話がどうのという台詞があります。

 話のメインは少年ク・プッサ(細い葉)の悩める想いと成長。
力の強い者が優遇される社会にあって細い体のために虐げられる彼の考え方は現代人に近いです。
そこへ突如として出現した、姿形の違い過ぎる異星人の侵略と救援者。
面白い構図です。
 ネタバレするので多くは書けませんが、個人的にこの話はクトゥルー神話ものっぽいテイストがあって好きですね。
ETが本編では見せなかった非常に珍しい侵略形態をするというのはやや反則な気がしますけど、冒険小説としてはいい感じ。もう少し分量があればもっと厚みのある話になっただろうけど、南洋の孤島で何故ETが発生するに至ったかというプロセスは、ちゃんと人間ドラマしていてOK。
やはり人の想いが歴史を動かすっていうのはいいよね。
できれば、もっとこの『時砂の王』からの派生ストーリーを読んでみたいですね。

 小川一水。
時に熱く、時に冷淡。
そして綿密に取材をしてストーリーに昇華する、バランスのいい文章を描く注目の若手作家です。
お勧め!
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。